うざゴリ~シシテ尚、迷惑をかける父へ贈る最期の小言 #22
私よりも更に長い時間をかけて、ようやく浴室の掃除を終えた長弟と末の弟の3人で、束の間のコーヒーブレイク。話題は自然に「相続放棄」に向いた。
いや、各々が水回りを念入りに掃除する中で、かつてこの家を美しく保ち守ってくれていた人に――母に、これまでとは違う思いが湧き上がってきたのだろう。ほかならぬ私自身もそうであるように。
長弟は母の攻撃に精神を病んで、重い鬱病を患っていた過去がある。又、2人の弟はそれぞれの妻をまもるために――法律上はともかく――母と絶縁をしている。
だから弟達は早々に相続は放棄することを決めていた。
弁護士を介してでも、母と繋がりを持つことを避けるために。
「相続の件なんだけど」と、長弟の口が開いた。
まだ決心したわけじゃないんだけど……と口ごもりながら「決めたわけじゃないからあとでまた気持ちがかわるかもしれないけど……この家の名義、いったん俺が受け継ごうか」
「急な心境の変化のわけは?」と末の弟がたずねる。
鯉みたいに口をパクパクさせて言い淀む長弟に代わって口を挟んだ。
「トイレ掃除をしてたら、お母さんを哀れに思ったわ。あの小さな身体で毎晩毎晩……お父さんの汚した後片付けを何年もしてたかと思うと、さすがに可哀そうになった。
私達や叔母さんが一斉に相続を放棄して、あとは裁判所と弁護士とお母さんが勝手にやり取りすればいいんだろうけど……70歳を過ぎたおばあちゃんがまだまだ安心できない日々を送るのかと思うとちょっとね……さすがに……ね?」
弟達を交互に見る。末の弟は視線を宙に、長弟は頭を垂れて口をつぐんでいた。
鬱を患ったことのある人達にインタビューをしたことがある。「地獄だった」と彼らは言っていた。長弟は6年近くも地獄を生きていたから母と間接的にでも交流を再開させることがとても怖いはずだ。
でも、それでも母をすこしでも楽に、1日でもはやく安心させてやりたいと思ってしまったほど浴室の掃除は彼の頑なだったネジを緩めた。