うざゴリ~シシテ尚、迷惑をかける父へ贈る最期の小言 #28
「いやぁ、たいへんなお知らせがありますわ。まいりましたわ」
言葉とは裏腹にどこかゴシップを楽しんでいるような山本さんの手が、着席を促す。長弟の口元がわずかにへの字になった。
薄い水色のA4サイズの書類を束ねるバインダーが目の前に、とんと置かれた。100万円の借用書がバインダー本来の厚み以上に留められていた。
私達きょうだいの驚きや落胆を、山本さんがいかにも楽しげに見つめているかもしれないと思うと、多少の無理をしてでもポーカーフェイスをよそおいたくなった。このくらいのことは想定の範囲内でしたと、言ってやりたかった。
「やっぱり……ありましたね」
「あら! 想像してはりましたか!」
椅子の背もたれから身体を放し、山本さんは前のめりになった。
「通帳に6万円ぽっちしか遺さず逝きましたし、どこかから融通しているだろうことくらいは想像に難くないです。ねぇ?」
「……そうだね」
私の反応は可愛げがなくつまらないらしい。わかりやすく落ち込んだ様子の長弟に山本さんは「これからどうしますの? 大変ですなあ」と大げさに同情を見せた。
借用書を上から順にぱらぱらとめくっていく。借用書1枚につき100万円。男女各1人から定期的に100万円を借り続けている。この貸主2人はいったいどこの誰なのか。
『済印』が押されたものが大半だけれど、返しては借り、返しては借りを20年近く繰り返しているようだった。いったいなんのために……?
借用書の下半分には返済計画と返済日、返済金額が表にして記されてあり、毎月決まった日に1日と遅れることなく返されているのがわかった。銀行のATMから、会社のキャッシュカードで振り込んでいたようで明細もご丁寧にすべて貼付してある。
ん? これは……これはなんなんだろう?
「あの、すみません。TAKIMOTO、楳田、103、U-205って単語に聞き覚えはありますか?」
「あるよ、取引先!」
「取引先の名前だよ。お父さんと話すたびによく出てきた」
山本さんと長弟の声が重なった。
「取引先……ですか?」
「なんで? なんでうちの取引先を知ってますのや?」
「借用書の裏に父の字で書かれてあります。すべての借用書の裏に……メモ書きが」
「なんやって?!」椅子に座りなおした山本さんが、乱暴にバインダーを奪った。
父の個人的な借金なのか、それとも“事業資金”なのか。
後者であることを望んでいた私達の耳に、山本さんの残酷な声が届いた。
「――二世帯も持ってるからお金が必要やったんやろ、あんた達のお父さん」