うざゴリ~シシテ尚、迷惑をかける父へ贈る最期の小言 #33
弟達が持参した父に関する資料や借用書の束に3分ほど目を通したボス弁の伊藤さんは、私達が問題視している点や、不安に思っている点をつぎつぎと言い当てた。
「すごいね、珍しく天才に見えるよ」と茶々を入れると「得意分野ですがな! ねえさん、寝言言うとったらあきまへんで」と伊藤さんは声をあげて笑った。応接室全体を強張らせていた緊張がふっと緩む。
ライブチャットの利用者と発信者という伊藤さんと私の関係を、当人2人以外は誰もしらない。阿吽の呼吸というほどではないが、意図するところを汲んですぐに打ち返してくれる伊藤さんはやはりすごい人だ。
納得のいく働きをしてくれるなら、今にも契約するからすぐにでも着手してほしいのだ――言葉にしない代わりに表情が本心のすべてを語っている長弟を伊藤さんが見逃すわけがなかった。
「僕らに頼んだら、そらこっちは専門家ですからあっちゅうまに全部片付きますわ。もちろんそのたびにお金はかかりますけどな。まあ、おねえちゃんの顔に免じて少しは勉強させてもらいますけどな」
いわゆる“お誕生日席”に腰かけていた私には、真正面で向き合う伊藤さんと長弟の顔がよく見えた。ありがとうございます、さっそくお願いしたいですと彼の口元が動く。
「――でも、ほんまにそれでええですか?」
僕らは仕事としてちゃっちゃと片づけます。でもほんまにそれでええんですか? 生前のお父さんが大事に大事にしてきたモノやコト、思い。お母さんが必死になって守ってきた家、家族への本当の思いはおたくら姉弟が動いて動いてやっと見えてくることが多いです。
僕らは専門家やから確実にスピーディに仕事としてやらしてもらいます。でもほんまにそれでええですか?
自分らの手で出来るとこまでやって、お父さんがもしかしたらかぶってるかもしれない“汚名”を晴らしたり、お父さんが社会的弱者の人達を助けてきた20年を見ずに触らずに『相続放棄』で一気に片づけて、ほんまにええんですか?
自分らで出来ることはやる。それでもどうしたって専門家の手を借りないといけない時がきます、バッジの力を借りた方がちゃっちゃとうまくいくこともあります。そんな風に“スポット的に”依頼してくれてもええんですで。
お父さんとお母さんのこと、「嫌やな」「めんどうやな」「早く終わらせてすっきりしたいな」って思いはる依頼者もようさんいてはりましたけど、見えてるところしか見ぃひんまま専門家に片づけさせて後悔しませんか?
姉弟3人、ほんまのほんまに全員が同じ気持ちですか?
「熱ちぃ!」
「なにやってんねんなねぇちゃんは。ちょっと! 誰か布巾持ってきたって!」
68歳伊藤さんの演説に胸を打たれていたら、右手にティーカップを持ったままだったことを忘れていた。これまで一度も思ったことがなかったけど……伊藤さん、かっこいいじゃんか。
-つづく-