うざゴリ~シシテ尚、迷惑をかける父へ贈る最期の小言 #5
しずかにハンドルを握ってた山本さんと、バックミラー越しに目が合った。
「加藤君が知ってる××さんは、営業用のよそゆきの顔だからなあ。僕はずっと思ってましたよ。奥さんや子どもさん達はさぞかし苦労されてるだろうって」
「でも俺には優しくしてくれたから……××さんのこと、実のお父さんのつもりで面倒みてた」
父の話をしたがる加藤さんの熱を断つように山本さんが声を強めた。
「××さんが加藤君に優しかったのは、加藤君が××さんに意見しないからだよ。おやじさん、おやじさんと慕ってくれて“すこしの小遣い”で自宅まで重い買い物を運んでくれたり、煙草や弁当を買いに走ってくれたりするイエスマンだから。××さんは……あの人はそういう人だから」
山本さんは父をとても理解している。山本さんの仰ることに反論や訂正したい箇所はひとつもない。なのにどうしてだろう、たった1分、耳を塞ぎたくなった。そんな私の様子に気がついたらしい。
「娘さんがいるのにごめんね。僕も苦労させられたんでつい……」
「いえ、大丈夫です。私の知らない父の本当の姿を知りたくないわけではないので」
今じゃなくてもいいけど、という本心は飲み込んだ。
それなら遠慮なくと言わんばかりに、山本さんの口に火がついた。
父を捨てて家を出ていくまでの母が何千回と言っていた。父から浴びせられ続けた非情な罵詈雑言、父がもっとも得意とした“脅しと腕力”で相手を屈服させる汚いやり方。
母や亡くなった叔母(父のすぐ下の妹)だけじゃなく、山本さんや社員の方々にも、父が同じ牙を向けていたことを知った。今にも親指が突き抜けそうな加藤さんの古びたスニーカーを見ながら「すみません、申し訳ありませんでした」と繰り返す。
母だけは気づいていた。
「お父さんは山本さんのことも見下してバカにしてる、恥ずかしい情けない。申し訳ない」
今頃になってやっと、母の気持ちがわかった。痛いほど。
口に出すと加藤さんが悲しむから。胸の中で願った。
どうか、どうか、中途半端に生きていないで。もう、誰のことも苦しめないで。お父さん、しっかり息絶えていてください。
あとひとつ角を左に曲がれば実家に着く。
見なれた景色が背後にゆっくりと流れていった。もうすぐ実家に着いてしまう。
――そういえば
山本さんがバックミラーを見上げた。