うざゴリ~シシテ尚、迷惑をかける父へ贈る最期の小言 #6
「昨日の朝……ここに……来た時は……!」
第一発見者になった加藤さんの声が動揺で震えている。パニック状態で制御が利かないのか、声そのもののボリュームは混み合う居酒屋で店員を呼んでいるかの如く特大級。
ご近所のおばさま達が胸の前で両手を重ね、不安そうに興味深そうに、救急隊員と加藤さんのやり取りを聞き漏らすまいと前のめり。
彼らの様子を視野に入れながら、ぼうっとした頭で、山本さんの言葉を何度も思い出していた。
「そういえば、お父さんはお金……遺ってないと思いますよ」
どういうことだろう。
資産家とはいわないまでも、私は裕福な家のお嬢さんだった。
頻繁な親子交流をもたない代わりに、金銭面で頼ることは一切しないと秘密裏に母親と“等価交換”したのは大学二年の頃だった。主観を挟まず客観的に見ても、うちはゆとりのある家のはずだ。それなのに?
「娘さんは――」
加藤さんのかいつままない長い話を、じっと聞き入っていた救急隊が私を振り返っている。娘さん……? ああ、私のことか。そっか、お父さんはもう生きてないんだ。
「119番に電話されたのは娘さんですね?」
「さいごにお父さんに会われたのはいつですか?」
「体調が悪そうだとか、どこか痛むだとかそんな話はされましたか?」
「ご家族は、ごきょうだいは、ごきょうだいの連絡先は――」
玄関先でこんなにもたくさん質問されるのか。おばさま達の大きくなった耳が並んでこちらを向いている。いやな感じだ。
「ご遺体は……」
「ごいたい?」
「……お父さんを確認されましたか」
「確認はしたくないです」
そっか、そうだな。そうだよな。
お父さんはもうお父さんじゃなく、ご遺体さんになったんだ。
見てないから実感がない。実感をえたいけど、見たくない。
救急隊員の言うことは耳から入って届いているのに、頭の中がずっとぼやけている。
「あの……質問してもいいですか?」
「どうぞ、なにか?」
「お父さんは、父は、苦しんだのでしょうか?」
「解剖をしていないのではっきりしたことはわかりませんが、眠っておられるみたいです」
「そうですか、じゃあよかったです」
よかったのかな。わかんないけど。